グラフェンの熱伝導率測定

 グラフェンは炭素が平面上でハニカム格子状に配列した単層物質です。炭素間の強い共有結合により機械的強度が強く、電気伝導度も極めて高い物質として知られています。また、この物質はDirac-coneと呼ばれる特殊な円錐状の電子バンドを持っており、この系に存在する電子は"質量の無い"相対論的なDirac電子として振舞います。Dirac電子と呼ばれるこの特殊な電子の存在により、垂直磁場中における量子ホール効果など、トポロジカルな性質に起因する多彩な物性が観測されることから、今なお多くの研究者の興味を惹いています。

 

 グラフェンの特筆すべき物性の一つが熱伝導率の高さであり、室温で5000W/Km程度と報告されています[1]。これは巨大な熱伝導で有名なダイヤモンドの熱伝導率(~3000W/Km)を抑えて世界最大クラスの物質です。これは、炭素間のsp2混成結合が非常に強く、音速が極めて速いことに起因します(換言すると、グラフェンにおける相対論的Dirac電子の存在は、グラフェンの持つ高い熱輸送能とは特に関係ありません)。

 

 熱伝導測定に興味がある人間であれば、「どうやって熱伝導率を求めたんだ?」と疑問に思うことと思います。グラフェンは原子一層分の厚さしかないため取り扱いが非常に困難であり、一般的な熱伝導率の測定手法である定常流法やレーザーフラッシュ法、3ω法などが適用できません。そこで、グラフェンの熱伝導率測定にはラマン分光法による熱伝導率測定が用いられています。

 

 ラマン分光法は物質中の結合の種類や強度を調べることのできる分光法の一種であり、主に物質の構造推定などに用いられています。グラファイトのラマンスペクトルにはGピークと呼ばれる、炭素の平面振動に対応する特徴的なピークが観測されます。このGピークは温度に依存してピーク位置が変動するため、このシフトを観測することにより非接触で温度の計測をすることが可能となります[2]。より具体的には、ラマン分光用の高強度のレーザーを照射して試料を局所加熱し、ラマンのピークシフトから温度変化を観測します。この時、熱伝導率κは、

 

ここでΔTはベース温度と局所加熱した試料の温度、aはレーザー半径、Pはレーザー出力です。グラフェン以外にも薄膜系の熱伝導率測定にしばしば用いられることがある方法ですが、ラマンスペクトルに明確な温度依存性がある物質でないと測定が困難であるなどの制約があります。

 

[参考文献]

[1] Balandin, A. A., Ghosh, S., Bao, W., Calizo, I., Teweldebrhan, D., Miao, F., & Lau, C. N. (2008). Superior thermal conductivity of single-layer graphene. Nano letters, 8(3), 902-907.

[2] 例えば、Périchon, S., Lysenko, V., Remaki, B., Barbier, D., & Champagnon, B. (1999). Measurement of porous silicon thermal conductivity by micro-Raman scattering. Journal of Applied Physics86(8), 4700-4702.