マグノンの熱伝導

 マグノンは、強磁性または反強磁性状態にある磁性体におけるスピンの素励起です。格子や電子と同様、固体中で熱を輸送する熱担体として振舞います。ここではマグノンの分散関係の導出から出発して、どのような特徴があるかを考察してみます。

 

 まず強磁性マグノンの場合。大きさSのスピンがN個並んでいるスピンネットワークで、最近接スピンが交換相互作用Jで結ばれているようなハイゼンベルグ系を考える。系のエネルギーEは

E=-2JSS

となる。ここでSpはp番目のスピンの角運動量を指す。隣接スピンが平行に並んだ場合を考えればSp・Sp+1=S^2なので、系の基底状態におけるエネルギーはE0=-2NJS2となる。励起状態としてスピンが一個だけ反転した状態を考えると、系のエネルギーU1=U0+8JS2となる。

 8JS2というエネルギーはかなり大きいので(J程度=10^3~10^4K程度)、実際にはより小さなエネルギーの励起が第一励起となる。それは、全てのスピンを少しだけ傾かせることによって、全体としてスピンが一つ減少した状態にさせるような励起である。この状態では、スピン一つに着目すると微小なラーモア歳差運動と見做せるが、交換相互作用によって各スピンは結合しているため連成運動となり、全体としてはある波長を持ったスピンの波を形成する。このような波動的な素励起をマグノンと呼ぶ。

 強磁性(J>0)マグノンの分散の導出はキッテル等に書いてあるので割愛するが、

ℏω=4JS(1-coska)

となる。長波長極限、すなわちka<<1の時、

(1-coska)~(ka)^2/2

と近似されるので、

ℏω=2JS(ka)^2

従ってk=0近傍においてエネルギーはkの自乗に比例する。

 反強磁性(J<0)マグノンの導出も基本的には同様である。反強磁性の場合は、2p番目のスピンは上向きの副格子、2p+1番目のスピンは下向きの副格子を組んでいると考えて解けばよい。結果的には、

ℏω=4JS|sinka|

を得る。長波長極限、すなわちka<<1には、

ℏω=4JS(ka)

となり、kに対して線形であることが分かる。

 バンド分散が分かったところで熱伝導の話をしよう。熱伝導率を支配しているのは熱容量Cとキャリアの速度である。マグノンの熱容量は、

C∝T^(d/n)

となる。ここでdはスピンネットワークの次元数、nは強磁性(またはフェリ磁性)の時n=2、反強磁性の時n=1となる。キャリア速度と平均自由行程が温度変化しなければ熱伝導率の温度依存性は熱容量によって支配される。例えば、一次元反強磁性ハイゼンベルグ系の熱伝導率は低温でTに比例する。

 

 一方、キャリア速度は分散の傾きである。当然ながらJが大きいほど傾きは急になるので、熱伝導が大きいことになる。またk=0近傍において、強磁性マグノンの速度は0であり、反強磁性マグノンはおおよそ4JSの速度を持つ。従って同じJを持つスピンネットワーク同士で比較した際には反強磁性体の方がマグノンによる熱伝導が大きいと期待できる。

 

 このように、マグノンの熱伝導率は古典的な分散関係から導くことができ、その傾向や温度依存性もある程度予測が可能である。しかし熱伝導率には平均自由行程の項があるので、実際には温度依存性が複雑であり、予測されるようなべき乗則に従わない場合が多々あるので注意したいところである。