スピンは熱を運ぶか?

 固体中では様々な自由度が熱を運搬するが、近年特に注目されているのがスピンによる熱伝導だと思われる。既に多くの物質で検証されているように、スピンは格子や自由電子に匹敵、あるいは凌駕するような熱伝導担体となることが知られている。

 

 原理的は非常にシンプルである。強磁性(または反強磁性)相関を持ったスピンネットワークにおいて、熱的に励起された磁気励起状態(スピン波と呼ばれる)が他のスピンを反転させながら空間中を伝播することにより、エネルギー(熱)が輸送される。このエネルギーの輸送は準粒子の輸送と捉える場合が多い。準粒子が輸送するスピン角運動量SがS=1の時がマグノン、S=1/2の時がスピノンと呼ばれ、それぞれマグノン熱伝導、スピノン熱伝導などと呼ばれる。仮に磁性体であっても、スピン間に相関が無ければ熱の輸送は起こらないので、常磁性体は基本的に熱を輸送しない。

 

 スピン熱伝導の場合も、熱伝導率は熱容量Cs、スピン流の速度νs、平均自由行程λsに比例する。一般的なマグノンの場合、熱容量は、

C∝T^(d/n)

と書かれる。ここで強磁性およびフェリ磁性ではn=2、反強磁性ではn=1であり、dはスピンネットワークの次数である。極低温における熱伝導率の温度依存性はフォノンの場合と同様に熱容量の温度依存性のみに支配される。例えば三次元強磁性体におけるスピン波の熱伝導はT^3/2に比例する。

 

 スピン流の分散関係から、交換相互作用Jが大きいとνsも大きくなり、スピン熱伝導は大きくなる(何かしらスピン分散に関する参考書を参考のこと)。従ってスピン熱伝導を観測するにはある程度Jが大きい必要がある。ちなみに、同じJで比較した時には反強磁性の方が強磁性よりも熱伝導が大きい。

 

 平均自由行程は物質の不純物や構造にももちろん依存するが、ネットワーク間の相互作用などにも強く依存する。ネットワーク間の相互作用が強いと、マグノン間の衝突によって平均自由行程が抑制されるためである。

 

 従って、高熱伝導率の物質を探求するには、Jがデカくて反強磁性になる物質を探すのが探すのがよいということになる。但し、スピン熱伝導が大きくなる温度域はJに依存するので、熱伝導を大きくしたい温度領域に対して適当なJがある、とも言える。